トイレへ行く、ほんの1分でもAudibleを再生することがあります。
たった1分で、物語が大きく進むわけではありません。それでも指が勝手に動きます。
ゆりそこまでして聴きたい?って、自分でも思います。
中毒じゃんって。
昔からこんなにAudible漬けだったわけではありません。
サービス自体は、多分10年近く前から契約していたのに、ほとんど使わない時期もありました。
私がAudibleという沼にはまったのは、それまで聴いていたビジネス書ではなく、小説、「物語」を聴き始めてからです。
Audibleは、私に新しい自由時間を作ってくれたわけではありません。
家事も育児も仕事も、何一つ減っていない。むしろ忙しくなったからこそ、良さを知ってハマりました。
この記事では、私がAudibleにハマっていった経緯と、Audibleによって得たものについて書いています。


3人兄弟(3y2y0y)のママ
出不精インドア派で映画と読書が好き
育児に追われて映画観れなくて悲しくなる
Audibleなら家事をしながら本が読める!
家事とエンタメの両立で心ほくほく
月15冊以上の本を読了するようになる
ビジネス書も大好き!
Audibleには何年も登録していたのに、読書習慣はつかなかった
Audibleに登録した最初のきっかけは、確か、宅建試験の勉強でした。10年近く前だと思う。
当時は今とは違うコイン制で、毎月もらえるコインで本を選ぶ仕組みだったと記憶しています。聴いていたのは、宅建や不動産、営業、仕事術などの本が中心でした。



耳で聴いても意外と内容が入ってくる。便利だとは思っていました。
でも、なんだか定着しなかったんですよね。
当時の私は独身で、今より自由に使える時間もたくさんあったはずです。
それでも、気持ちはいつも忙しくて、なかなか「本を読もう」という気分になれませんでした。
本を読みたい。読書習慣をつけたい。本を読める人になりたい!
そんな気持ちだけはずっと頭の隅っこで燻ってました。
Audibleは、そのために役立つはずだと思っていたんです…。
だから、ほとんど使えていなくても、なかなか解約できませんでした。



いつか使うはず、契約しとけば聴くはず、無いよりマシなはず…。
読書習慣をつけるためのものを使えないまま抱えている。
当時の私にとってAudibleは、少しずつ「負債」のような存在になっていました。
サブスクあるあるですよね。
自由時間の多かった独身時代には使いこなせなかったのに、Audibleが生活の一部になったのは、育児や家事で前よりずっと忙しくなってからでした。
自由時間がなくなったというより、全部が「仕事のチャンス」になった
私は、もともと映画がかなり好きでした。
独身時代、予定のない休みには、一日で映画を5本観ることもありました。平日も、一人で夜ごはんを食べながらお酒を飲み、映画を一本観てから寝るのが習慣。
今ほど動画配信のサブスクが便利ではなかった頃は、歩いて行ける範囲にレンタルビデオショップがあることを、賃貸の部屋探しの条件にしていたほどです。
私にとって映画は、たまの休みに楽しむ特別な娯楽ではなく、日々の生活の中にあるものでした。



そんな私も、子どもが生まれてからは、映画を観る時間が減りました。
子どもに呼ばれて何度も中断したり、子どもの様子が気になって画面に集中できなかったりする。集中できなければ、映画を観ても楽しめません。
だから、「映画が観られなくて苦しい」と強く思うより先に、観たいという気持ちそのものが、いつの間にか目減りしていたのだと思います。
いつの間にか、そもそも「映画をちゃんと観よう」と思わなくなっていました…。
観たとしても、BGM代わりに流し見する前提…。「じっくり観なくてもそこそこ楽しめるもの」という基準で選び、原作読了済みのアニメやドラマが多くなったように思います。
もう一つ、エンタメに時間を割けなくなった大きな要因が、育休中に副業を始めたことです。
もともと私は仕事が好きで、仕事が趣味のようなところがあります。
ただ、会社員として働いていた頃は、基本的に会社にいる時間が仕事の時間でした。
帰宅後にお客様から連絡がきても嫌じゃなかったし、休日出勤も「自分が好きな時間の使い方をしているだけ」という気持ちで苦じゃなかった。



でも、映画を観ながら「この時間に仕事をしないのはもったいない」とまで感じることはありませんでした。
これが、副業になると違いました。
いつ、どれだけ仕事をするのか。その選択権がすべて自分になりました。
自分で仕事をする時間を選べるのに、あえて選ばない。
それが、お金を稼ぐことや成果を出すことを、自分で選ばなかったように感じてしまったんです。
映画を観るのも楽しい。でも、同じくらい楽しくて、お金にもなり、自分の身にもなるなら、副業をしよう。
少し時間が空くたびに、今なら副業ができる。と思うようになりました。
映画を一本観る時間があるなら、記事を書ける。ゆっくり本を読む時間があるなら、サイトを直せる。



自由時間がなくなったというより、何に使うかをすべて自分で決められるようになったことで、趣味の時間まで仕事と取り合いになっていました。
けれど、料理をしている間は映画を観られません。洗濯物を干しながらブログを書くこともできません。授乳やオムツ替えの時間も、仕事には使えない。
そこでふと思い出したのが、使えてないのに毎月課金し続けていたAudibleでした。
『ハヤブサ消防団』で小説へ入り、『未来』で朗読に驚いた
今回この記事を書くにあたって、自分の読書記録を振り返ってみました。
最初に聴いた小説は、池井戸潤さんの『ハヤブサ消防団』だったようです。おそらく、Audibleのランキングで目に入ったから再生したのだと思います。
そこで、耳から小説を聴く面白さを知りました。
Audible、ありかも。
そう思って、続けて何作か聴いてみることにしました。まずはまたランキングから漁ってみよう。その中で目に留まったのが、湊かなえさんの『未来』です。



『未来』を聴いたとき、Audibleへの印象が完全に変わりました。
文章を自分で読めば、登場人物の顔や声を、自分の頭の中で作ります。映画やドラマ、アニメ、漫画なら、人物の姿はすでに目の前にある。
でもAudibleは、そのどちらとも違いました。姿は見えないまま、声を聴いているうちに、一人の人が少しずつ見えてくる。声から人が立ち上がるような感覚を、私はそこで初めて味わいました。
柔らかく、優しく、どこか幼さのある声を聴いていると、目で見たわけでもないのに、小さな女の子の顔が見えたような気がしました。
びっくりしました。そして、その子を守ってあげたいとまで思いました。
それまでAudibleで聴いていたビジネス書は、内容を分かりやすく届けてくれるものでした。ハキハキした声で、ニュースのアナウンサーみたいな。
実際に、アナウンサーさんが読んでくれている本もAudibleには多いです。
でも、小説の朗読はまったく違いました。
困っているときは本当に困っているように、追い詰められたときは声まで切羽詰まる。
文章を読み上げているのではなく、登場人物が声の中で生きているように感じました。



朗読ってすげーーーー!
声優さん万歳!!
Audibleは、ただ、本を読み上げてくれるだけのサービスじゃない。
姿の見えない人を、声から想像していく楽しみがある。紙の本とも映像とも違う、小説の楽しみ方を初めて知りました。
そういえば、昔ゴリゴリのアニオタやってた頃はドラマCDとか買い漁って聴いてたのに…。
なんでもっと早く、耳から楽しむ選択肢に気づかなかったんだろうってちょっとだけ後悔。
料理も洗濯も、物語の続きへ戻る時間になった
小説を聴くようになってから、家事時間の捉え方が変わりました。
離乳食や大人のご飯の作り置きをする時間なんて、パラダイスです。長くキッチンに立つ日は、そのぶんたくさん聴けます。
親の通院の送迎で、車で片道1時間かけて隣の市までお出かけすることがたまにあります。親を下ろした後の1時間はAudibleチャンス!大歓喜!
洗濯も、洗って、干して、畳んで、しまうまでが、一つの読書時間になりました。
掃除機をかけるときも、ドライヤーをかけるときも、ほんの数分なのに、すかさずAirPodsを耳に突っ込むようになりました。
まとまった時間が取れなくても、耳さえ空いていればいつでも物語へ戻れる。隙間時間があれば、Audibleチャンス。
スマホでは、どのアプリよりも触りやすい場所にAudibleアプリを置き、Apple Watchから操作できるようにもしました。iPhoneのアクションボタンは当然、Audibleの再生ボタンです。
多い時期には、毎月15冊前後聴いていたこともあります。



あんなに、本読める人になりたいって思い続けて燻っていたのに、なかなか急激にレベルアップしたなぁ。
妹にも友達にも、ちょっとでも興味を持ってもらえそうならすかさずおすすめ。だって、育児で自由時間が減った人も、読書したいのにできない人も結構多いでしょう?
いつの間にかすっかりAudibleの奴隷で信者です。
でも、読書量が増えたこと以上にうれしかったのは、忙しさと楽しさが同時に存在するようになったことでした。
家事も育児も仕事も減っていません。
相変わらずやることはたくさんある。
それなのに、朝から晩まで物語の続きが生活のあちこちに散りばめられています。
忙しいのに、ずっと楽しい。
すっごい遊んでいる人みたい。
1日が24時間だったことを忘れるレベルです。「背中に翼が生えた気分だ」と感じました。



何かから解放されて自由になったわけじゃないです。
忙しい生活のまま、楽しさや充実度だけがすっごく増えました。
止められるのに止めたくない、Audibleに感情ごと流されるのが楽しい
感動したり、心を揺さぶられるシーンがあると、私はしょっちゅう泣きます。



自分の琴線に触れると、文字でも映画でも、テレビのニュースでも泣くので、ちょっと涙もろい方かもしれません。
Audibleでも、当然泣きます。食器を洗っている途中、登場人物に感情移入しすぎて、涙が止まらず、手と息と世界が止まったこともあります。
私が硬直しても、Audibleは停止ボタンを押さなければ勝手にどんどん進みます。
紙の本なら、涙で文字が見えなくなったところで、物語も一度止まるし、ついページをめくる手が止まることだってあります。というか、めくらないと読めません。
映像作品だと当然ですけど、Audibleも、涙を拭いていても、鼻をかんでいても、両手で顔を覆っていても、止めない限り耳に流れ込んできます。



ある意味、暴力的に泣かされる感覚…!
止めないと止まってくれない、やられっぱなしになる感じが、なんか良い。
もちろん、停止をタップすればいいだけです。笑
でも私は、濁流に流されるみたいに、大雨に降られるみたいに、ボコボコにされながら泣くのが楽しくてしょうがないです。
一人で泣いてもいいタイミングのときは、「よしきた泣くぞ!!」って思っちゃうくらい。
でも、いつでもどこでも聴いているから、地下鉄に乗っているときや、人混みの中でエスカレーターを上っているときに、感動的な場面が来たこともあります。



え、やばい。今ここで?ってなる。
本当にダメなシチュエーションの時は、後でしっかり泣くことを楽しむために止めます。
最近では、一人で車に乗っているときに号泣しました。
車の中だから遠慮なく泣けたけれど、信号待ちで横の車の人に見られたら恥ずかしいな、失恋でもしたように見えるかなって、少しヒヤヒヤしたかな。
家のキッチンでも、人混みの中でも、車の中でも同じです。こちらが泣いても大丈夫な場所へ着くまで、Audibleは待ってくれません。
これは、紙の本よりAudibleの方が優れているという話ではありません。泣けちゃっても、ページをめくる手が止まらないっていうのも楽しいですよね。
でも、声があることと、こちらの動作に関係なく物語が進み続けること。
その二つが重なったときにしか生まれない、少し乱暴で、気持ちのいい没入感が、Audibleにはあります。
優劣じゃなくて、映画は映画、紙の本は紙の本、それとは別でAudible。
それぞれ違う楽しさだと思っています。
Audibleから得たのは、読書筋力だけじゃなかった
きっと私は、Audibleに出会わなければ、今の10分の1も本を読んでいなかったと思います。
まず、とにかく読書のハードルが低くなりました。
というか、すでにハードルではない。息をするように聴いてるので、「超えるもの」という意味合いのハードルという単語は適切じゃなくなりました。
でもまだ、やっぱり時間を使わないと読めない紙の本や電子書籍の読書量は少ないです。それでも、以前に比べてずいぶん増えました。
Audibleはもう日常、スマホやKindle端末で読める電子書籍のハードルの高さは膝丈。紙の本は…太ももくらいかな?



昔は、読みたい気持ちと積読を抱えて、高い壁を見上げているような気分でした。
それが今では、「よっこらしょ」で越えられるほどeasyです。
紙や電子書籍の読書量が増えたのも、明らかにAudibleのおかげです。本を読むことの楽しさ、気軽さ、素晴らしさが体に染み込んできたからだと思います。
いわゆる、読書筋力がついたってやつだと思っています。
実は、電子書籍の読み放題サービスであるKindle Unlimitedにも何年も前から登録しています。
でも、ちゃんと月額料金に見合う使い方をし始めたのは、Audibleが習慣化した後でした。
たくさん読める、聴けるようになったのは、
読み放題だから気兼ねないというのも、大きな要因です。
ランキングで見つけた作品を、とりあえず再生。合わなければ、無理をせず別の作品へ移る。買うより軽い気持ちで、どんどん新しい世界に飛び込んでいけます。
一時期はアガサ・クリスティーにハマっていました。
なんとなく日本の作家さんしか手に取らなかった昔の私なら、買って読むことは絶対になかったタイプの本です。



Audibleの気軽さと、読み放題のコスパがあったからこそ出会えました。
一人の作家にハマれば、その人の作品を追い、気に入ったシリーズを見つければ、そのまま続きを聴く。そうやって、作家から作家へ、シリーズからシリーズへ渡り歩く長旅を楽しむのが好きです。
映画の頃も、気に入った俳優さんや監督さん、原作者さんごとに潰すように観てたから、関連作を渡り歩く、そういう選び方が好きなんだと思います。
たくさん聴いたからこそ、自分がどんな人物やシチュエーションに惹かれ、どんな終わり方にどんな余韻を感じるのかも、少しずつ見えるようになりました。
つまり、自分が何に心を動かされる人間なのか、分かるようになったんです。
「この作品が良かった」だけではなく、良かった作品の共通点を見つけて、「こういうタイプの作品が好き」という明確な物差しを手に入れました。



私にとってAudibleは、好きな本を聴くためだけのサービスではなく、自分の「好き」を見つける発見装置になりました。
もう一つ、読書量が増えたことで得たものがあります。以前よりも、自分の気持ちを言語化したり、分析して適切な言葉を見つけたり、組み立てたりする力が上がった気がします。
同じ頃に副業でブログを書き始めたこともあり、Audibleだけのおかげとは言えません。
でも、本から受け取る大量のインプットと、ブログを書くことによるアウトプット。この両方で、語彙力・文章力・表現力が少しずつレベルアップしている気がして、前より書くことが楽しくなりました。
Audibleを一次審査にしたら、本棚の「好き」が濃くなった
昔の私の本棚には、気に入った本だけが並んでいたわけではありませんでした。
本屋で何冊かまとめて買っても、実際に読んでみなければ、どのくらい自分が気に入るかは分かりません。



読み終わって「そこまでだったなぁ」って思っても、本を手放すことには少し抵抗がありました。
売りに行くのは面倒くさい。捨てるのは心が痛いし、なんとなくもったいない。だから、それほど気に入っていない本でも手元に残り、本棚を占拠します。
こういう本棚を見ると、ちょっとげんなりするんですよね…。
でも今は、まずAudibleで聴きます。作品によっては、Kindle Unlimitedや電子書籍で読むこともあります。まずは実態のない電子で楽しんだ後に、「これは手元に置きたい」と思えた本だけを、紙でも買うようになりました。
AudibleにもKindleにもない本は、諦めて紙で買うこともあります。
Audibleや電子書籍が、紙で持ちたい本を決める一次審査になったんです。
Audibleで聴いて気に入った「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズは、文庫本をまとめて買いました。湊かなえさんの『暁星』も、聴き終わったあとに紙で買っています。
『暁星』は、買ってからほとんど開いていません。それでも、本棚の背表紙が目に入るだけで、聴き終わったときの余韻を思い出せます。



読むためというより、物語を飾るために買ったのかもしれません。
好きだった時間を、アルバムへ写真を入れるように形に残す。
デスクに好きなフィギュアを置いたり、写真を飾ったりするのと同じです。
そこにあるだけで、視界に入るだけで、一瞬「ふふふ」って胸がほっこりする。
冊数が多いだけではなく、背表紙を見るたびに好きだった気持ちを思い出せる。私の本棚は、少しずつ「好き」の濃い本棚になってきました。スタメン揃いです。
どんな日でも、どんな本でも聴けるわけではない
もちろん、Audibleなら何でも快適に読めるわけではありません。
図や表を見たい本、線を引いたりメモを取ったりしながら理解したい本は、紙やKindleの方が向いています。難しい本を家事中に聴いても、気づいたら内容が抜けていることがあります。
小説でも、その日の気分や朗読との相性によって入り込めないことはあります。そんなときは、無理に聴き続けず別の作品へ移ります。
紙、映像、Audibleには、それぞれ違う良さがあります。私は生活と作品に合わせて、そのとき一番楽しめる形を選んでいます。
Audibleの料金や仕組み、自分に向いているかどうかを知りたい方は、こちらの記事にまとめています。
忙しさは消えなくても、好きな世界を諦めなくてよかった
今でも、まとまった自由時間がたくさんあるわけではありません。
料理をしながら、洗濯物を畳みながら、保育園からの帰り道、私の心は別の世界にトリップします。
Audibleは、家事や育児を消してくれませんでした。仕事をする時間を増やしてくれたわけでもありません。
ただ、映画を観ることもブログを書くこともできない家事や育児の時間を、最高のエンタメ時間に変えてくれました。



面倒な作業も、Audibleがあれば楽しい時間に変わるんです。
こんな変換、自力じゃ無理よ。
だから私は今も、トイレへ行くほんの1分にさえ、Audibleを再生することがあります。
忙しさは消えなくても、好きな世界まで諦めなくてよかったと思っています。
Audibleを使うか迷っている方は、料金やプラン、向いている人・向いていない人も含めて、こちらの記事で確認できます。









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